2017-07-31

神楽坂、クアラルンプール、台北

明後日配信予定、シー・アイリーンの音源収録曲のスタジオ演奏。
→awful pop song(YouTube)

そしてたまたまですが、同日に神楽坂でライブをします。
→シー・アイリーンライブ予定

配信+アメリカのレーベルに任せているカセットテープというリリース形態なので、ライブ当日にフィジカル音源は持っていけないのですが、2015年に出したCDは持っていくので是非そちらもチェック頂けたらと。

そしてそのライブを皮切りに、アジアにお出かけしてきます(もしかしたらもう一本くらい国内でライブやるかもですが)。

そして年末にはまた日本で企画を予定しているので、その頃までに見違える成長を遂げたい次第ですが、まずは明後日、是非神楽坂に遊びに来て頂けたら幸いです。

興味を持って頂けた方は是非、こちらのcontactなどからご予約を。
→予約

宜しくお願いします。

2017-07-27

メッセージ

お客様が本当に欲しい情報を提供できてますか?ツイッターからのメールより。

はいはい、なるほどね(本当に知りたい情報が提供できてないから反応薄いってことね。。。)。



読み進めると、オピニオンリーダーからの意見、業界のインサイト、舞台裏、お客様の体験談、みたいなことが大事とのこと。

確かにどれもバンド・シーン・リスナーなどに置き換えると、読んでみたい内容かもしれない。

まあでも自分はバンドをやっているので、やっぱり音楽をやりたいのだと思います。

その中に込められてるモノは果たして、世の中をこうしたい的なものなのか、あの子とこうなりたい的なものなのか、現在への反逆なのか、俺がいるから大丈夫的な応援的なアレなのか、なんてことない日常なのか、妄想だらけの想像なのか、言葉では説明できない音の重なりの快感なのか、タチの悪いジョークなのか、ウィットに富んだユーモアなのか、自分がかっこいいと思ってることのただの真似事なのか、理屈抜きに何らかの楽器が持つ魅力に魅せられてしまった顛末なのか、悪そうな地元のダチの話なのか、暇つぶしなのか、会いたくて携帯持つ手が震えてしまう程の感情なのか、希望なのか、絶望なのか。。。

とりあえず、なんでそうなってしまったかわかりませんが、無性に音を出したくなる瞬間があるのは間違いないと思われます。

2017-07-26

意思を持ち続ける

来週水曜日(8/2)、神楽坂に新しくオープンした神楽音(カグラネ)という場所でライブをします。
→死んだ僕の彼女のGt.木下瑛博によるプロジェクトsi,irene 2nd EP『ビーズ』を8/2にリリース

このニュースで現時点で決まってるシー・アイリーンの年内の予定を発表しましたが、12月には同場所で友人バンドとの共同企画を行います。
→神楽音のウェブサイト

ほぼ詳細も決まっているので、おいおい紹介できたらと。

その前にマレーシア、台湾にも行ってくるので、短い期間ですがバンドが一回り成長できたら良いなと思っています。
今更一回り成長などというような歳でもないですが、何事も遅すぎることはないし、意思は持ち続けたいです。



カグラネは、埼玉の大宮にほど近い、宮原という場所にあるヒソミネというライブハウスの新店。

カグラネについてはこちらに詳しく。
→2つの顔をもったミュージックスペースーー神楽坂に誕生した「神楽音(カグラネ) / KGR(n)」の全貌に迫る
(全然ついていけませんが、何か凄いというのは感じる。。。)

姉妹店のヒソミネは死んだ僕のイシカワくんが企画してくれて、ジョイ・ノワールと初めて一緒にライブをした場所。とても良い記憶です。

一連のムーヴメントは、文化として自分が好きなインディー・ロックを根付かせてくれそうだととても興味深く見守っています。

シー・アイリーンは多分まだまだこれからのバンドですし、どこまで行けるか全然わかりませんが、(こういう)バンドが好き、(こういう)音楽が好き、という人が、シー・アイリーンを観にきてくれる、という現象の出発点を作りたいと切に思っています。

2017-07-24

承認欲求

バンドは楽しい(色々あるけど)。

楽曲をみんなで作って、スタジオで演奏して、形になったらステージで演奏したり、録音して世に放って誰かとの出会いを楽しみにしたり、実際に出会えたり、まだ出会えていなかったり(そのうち出会えると信じてる)。

こんな一連の活動には何かしらの意味がある思うし、意味を付けるのは人間で、もともと意味を掲げて取り組むこともあれば、やっているうちに意味が象(かたど※常用外の使い方らしい)られていくこともあると思いますが、願わくば生きてるうちにポジティブな意味付けがなされるよう頑張りたい所存です(このポストでは主にシー・アイリーンが主題)。

SNSに投稿したり、YouTubeに動画をあげたりして世間との接点を作ることを試みるも、無名なバンドだと反応の数(数の測り方は色々ありますが)はせいぜい二桁、三桁いけば上出来(そういう意味では、死んだ僕の彼女のコンテンツにはもっと反応があることもあるので、とても感謝しています)。

だからこそどんなに規模の小さなライブでもそこで繋がった糸は結構強くて、そう考えるとバンドが色々な街にツアーを回ったりすることはとても真っ当なことに思えます。

もちろんSNSや動画には色々な人に気軽に反応して欲しいし、そういうのが増えればもっともっと承認欲求は満たされるのでしょうが、調子が良いときも、いまいち乗らないときも、大切なものは忘れたくないし、慢心など以(もっ)ての外。

ということで(?)、去年から色々画策していたことを近いうちにまたブログに書きたいと思います。

2017-07-18

何も変わらない日々

一週間、またはじまりました。

多分、何も変わらない日々。



ヒロコさん、カトーくんの音が聞こえないコーカスは新鮮で、寂しさもありながら、たくさん披露された新曲、他にやってるバンドと変わらず格好良いイッチ―のギターヒーローぶり、しばらく前にみたリズム隊とは一味違ったグルーヴ感、変わらず愛すべき音でした。

来週月曜日の企画は絶対行かないとです。



少女スキップ、ステージの上に立ってた面子は見慣れた顔ぶれでしたが、ステージの上で揃ってみるのは不思議な感じ。

でも聞こえる音は紛れもなく少女スキップの音楽で、感慨深かった。大好きです。



今回のイベントで会場に選んだ渋谷クラブ乙のゆうじろうさんは、いうならば死んだ僕の彼女と少女スキップを繋いでくれた存在です。

こんな縁がきっと数え切れない程生まれているライブハウスには、色んな世界が詰まっているのだと思います。



変わったり、変わらなかったり、変わっていないようで変わっていたり、変わったようで変わっていなかったり。

色んなことを肯定したかったり、色んなことに反抗したかったり。



会場に来てくれた皆さま、ありがとうございます。

きっとまたどこかで。

2017-07-14

志半ば

2005年くらいから死んだ僕の彼女のメンバーとして混ぜてもらって、いつ頃からか、明確な根拠はないもののなんとなく600人くらいのサイズのライブハウスで演奏したいと思っていました。

振り返ると吉祥寺のクラブ・シータはそれに近いサイズ(多分500人くらい)ではありますが、お呼ばれ(とても光栄なことです、ありがとうございます)したイベントなので、この状態で一区切りのライブを明後日、日曜日に迎えるというのはなんとなく勝手に志半ば感を感じています。

とはいえ終わりと決まってるわけじゃないですし、そもそもバンドや音楽なんてどこまで行ってもきっと志半ばのままなのだと思います。

そして何より、大切なものは数じゃない。

7月16日の日曜日はきっととても楽しい日になるだろうし、ライブが終わった後は何も変わらない日々がまた始まるのだと思います。

頑張ります。